アンコンシャスバイアスがあるからこそわかる女性のキャリア
先日、Zoomを用いたキャリア系の交流会があり、当初申込者が女性ばかりだったこともあり、「アンコンシャスバイアス」をテーマにした話題提供をしました。
実際には男性も参加があり、交流会は大変盛り上がり時間を超過してしまったのですが。
自分で話題提供をしたにも関わらず、アンコンシャスバイアスについて皆で考えることで、自分自身にもあったアンコンシャスバイアスや、周囲にはあるけど自分にはなかったアンコンシャスバイアスについて考える機会となりました。
そして、このアンコンシャスバイアスがあったからこそ、あるいはなかったからこそ、今ここに自分がいるんだという感覚を得ることができました。
一つの実例として、ご紹介したいと思います。
実際には男性も参加があり、交流会は大変盛り上がり時間を超過してしまったのですが。
自分で話題提供をしたにも関わらず、アンコンシャスバイアスについて皆で考えることで、自分自身にもあったアンコンシャスバイアスや、周囲にはあるけど自分にはなかったアンコンシャスバイアスについて考える機会となりました。
そして、このアンコンシャスバイアスがあったからこそ、あるいはなかったからこそ、今ここに自分がいるんだという感覚を得ることができました。
一つの実例として、ご紹介したいと思います。
1 アンコンシャスバイアスは何の影響を受けるのか?
アンコンシャスバイアスというのは、以前に書いたブログの通り、「無意識の根拠のない思いこみや偏見」です。
アンコンシャスバイアスと言われて何か思い出すことはありますか?と聞いた時に、女性陣と男性陣で分かれたそれぞれのブレイクアウトルームでは、様々なことが話し合われました。
男性陣は、大学院に行くのは優秀な人なんだと思っていた、男性が大黒柱にならないといけないと思っていた、などといった話が出たようです。
一方、女性陣では、子供の熱が出たら対応するのはお母さん、受付や、会場アナウンスを頼まれるのも女性、なんて話が出ました。
その中で、ひとつ、印象的な意見が出ました。「女性か男性かというよりは、育った家庭の影響を受ける気がする」と。
確かに、アンコンシャスバイアスは文化的、あるいは歴史的な背景からも影響を受けますし、社会の中での最小単位である家族・家庭からの影響というのは、非常に大きいものであるように思います。
私自身、あまり意識をしたことがありませんでしたが、「女の子なんだからこうしなさい」と両親から言われたことは実は無いんです。
スカートをはくようにも言われなかったですし、髪の毛を長くするものだと言われたこともないですし、おしとやかにしていなさい、と言われたこともありませんでした。
何故なのか、と改めて両親に聞いたことはないですが、おそらく、両親の苦い経験もあってのことかと思います。
アンコンシャスバイアスと言われて何か思い出すことはありますか?と聞いた時に、女性陣と男性陣で分かれたそれぞれのブレイクアウトルームでは、様々なことが話し合われました。
男性陣は、大学院に行くのは優秀な人なんだと思っていた、男性が大黒柱にならないといけないと思っていた、などといった話が出たようです。
一方、女性陣では、子供の熱が出たら対応するのはお母さん、受付や、会場アナウンスを頼まれるのも女性、なんて話が出ました。
その中で、ひとつ、印象的な意見が出ました。「女性か男性かというよりは、育った家庭の影響を受ける気がする」と。
確かに、アンコンシャスバイアスは文化的、あるいは歴史的な背景からも影響を受けますし、社会の中での最小単位である家族・家庭からの影響というのは、非常に大きいものであるように思います。
私自身、あまり意識をしたことがありませんでしたが、「女の子なんだからこうしなさい」と両親から言われたことは実は無いんです。
スカートをはくようにも言われなかったですし、髪の毛を長くするものだと言われたこともないですし、おしとやかにしていなさい、と言われたこともありませんでした。
何故なのか、と改めて両親に聞いたことはないですが、おそらく、両親の苦い経験もあってのことかと思います。
2 アンコンシャスバイアスを引き継がない選択をする
私の両親が結婚した時に、母は大きな企業の研究者をしておりました。
妊娠がわかった途端、周囲の環境は一変したそうです。母の机は消え、会社に居場所はなくなったそうです。今だとニュースになりそうです。
仕方なく、退職をし、専業主婦をすることになったようです。母の妊娠前の仕事についてあまり聞いたことがなかったので、もし継続できたのであれば継続していたのかどうかは分かりませんが、あまりに大きな出来事であったと思います。
妊娠したら、退職すべき、女性は家庭を守るべき、子供は母親が育て父親が外で稼いでくるのが普通、そんな価値観が今よりもずっとあった時代です。
そんな中、意識していたのかどうかは別として、私の両親はアンコンシャスバイアスを引き継がない選択をしたんだと思います。
もちろん、生物学的にも体力的にも性差はありますので、性役割意識が全部だめだということはないと思います。
しかし、性役割意識があることで、お互いに制限を設けてしまっている部分もありますし、それが才能や、努力や、目標なんかを狭めている可能性があることも事実でしょう。
そういった意味で、アンコンシャスバイアスに気が付くということは、社会が変わっていくために必要な選択をしていくための準備なんだということもできるのではないでしょうか。
アンコンシャスバイアスに気が付き、次の世代にそれを引き継がない選択をすることは、一つ、社会の変化に対しての動力を生み出すのではないか、そんなことを想わずにいられませんでした。
妊娠がわかった途端、周囲の環境は一変したそうです。母の机は消え、会社に居場所はなくなったそうです。今だとニュースになりそうです。
仕方なく、退職をし、専業主婦をすることになったようです。母の妊娠前の仕事についてあまり聞いたことがなかったので、もし継続できたのであれば継続していたのかどうかは分かりませんが、あまりに大きな出来事であったと思います。
妊娠したら、退職すべき、女性は家庭を守るべき、子供は母親が育て父親が外で稼いでくるのが普通、そんな価値観が今よりもずっとあった時代です。
そんな中、意識していたのかどうかは別として、私の両親はアンコンシャスバイアスを引き継がない選択をしたんだと思います。
もちろん、生物学的にも体力的にも性差はありますので、性役割意識が全部だめだということはないと思います。
しかし、性役割意識があることで、お互いに制限を設けてしまっている部分もありますし、それが才能や、努力や、目標なんかを狭めている可能性があることも事実でしょう。
そういった意味で、アンコンシャスバイアスに気が付くということは、社会が変わっていくために必要な選択をしていくための準備なんだということもできるのではないでしょうか。
アンコンシャスバイアスに気が付き、次の世代にそれを引き継がない選択をすることは、一つ、社会の変化に対しての動力を生み出すのではないか、そんなことを想わずにいられませんでした。
3 アンコンシャスバイアスに気が付くためには
アンコンシャスバイアスに気が付くためには、たくさんの情報に触れて、それに対して自分がどう思うかについて内省することが一番の近道です。
人とたくさんお話をすることもおススメです。
自分ではない誰かと話すということは、自分と違う人生を生きてきた人の考え方に触れることができるため、自分との違い、話を聞いて感じる自分の想いや考え方などに気づくことができます。
私の最近の気付きは「小児のリハビリテーション」に関わっている人は、「子供が好き」だから選んでいる、という思い込みがあったことです。
もちろん、「子供が好き」であることは選択に影響を与えている部分は多いにあるわけですが、例えば、脳卒中に対してのリハビリテーションに専門的に取り組んでいる人は、脳の病気が「好き」なわけではなく、そういう病気を持った方に対して専門的な治療を提供し、その人の暮らしが少しでも良くなるようにという使命感、やりがいがあって選択をしてくことが非常に多いのです。
小児のリハビリテーションについても、同様なのです。
しかし、私は「子供が好き」だから選んでいると思っていました。
同様に、保育士さんたちもそうですね。「子供が好き」は理由の一つだけど、全てではない。子供の成長を支援したい、支援するために知識や技術を提供したいと思っている方も多いのです。
こうやって、自分が何かしら「思い込んでいる」ことに気づくことは、自分の視野を広くし、さらに何かを得ていくことができる瞬間に立ち会えるということだと思っています。
そうすることで、自分の価値観や自分の歩んできた環境の文化を知り、意識することで視野を広く、あるいは視座を高くすることができ、それが見えていなかった自分自身を見せてくれます。
それは、今後のキャリア形成には非常に大きく影響し、自分自身をしっかり把握した上で、今後のことを選択していくことができる環境となるでしょう。
人とたくさんお話をすることもおススメです。
自分ではない誰かと話すということは、自分と違う人生を生きてきた人の考え方に触れることができるため、自分との違い、話を聞いて感じる自分の想いや考え方などに気づくことができます。
私の最近の気付きは「小児のリハビリテーション」に関わっている人は、「子供が好き」だから選んでいる、という思い込みがあったことです。
もちろん、「子供が好き」であることは選択に影響を与えている部分は多いにあるわけですが、例えば、脳卒中に対してのリハビリテーションに専門的に取り組んでいる人は、脳の病気が「好き」なわけではなく、そういう病気を持った方に対して専門的な治療を提供し、その人の暮らしが少しでも良くなるようにという使命感、やりがいがあって選択をしてくことが非常に多いのです。
小児のリハビリテーションについても、同様なのです。
しかし、私は「子供が好き」だから選んでいると思っていました。
同様に、保育士さんたちもそうですね。「子供が好き」は理由の一つだけど、全てではない。子供の成長を支援したい、支援するために知識や技術を提供したいと思っている方も多いのです。
こうやって、自分が何かしら「思い込んでいる」ことに気づくことは、自分の視野を広くし、さらに何かを得ていくことができる瞬間に立ち会えるということだと思っています。
そうすることで、自分の価値観や自分の歩んできた環境の文化を知り、意識することで視野を広く、あるいは視座を高くすることができ、それが見えていなかった自分自身を見せてくれます。
それは、今後のキャリア形成には非常に大きく影響し、自分自身をしっかり把握した上で、今後のことを選択していくことができる環境となるでしょう。